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職場で怒鳴る・無理な要求を押しつけるなどの行為が、パワハラかそれとも指導に当たるのか分からず、指導する側もされる側も不安で悩んでいる方もいると思います。実はパワハラの定義は厚生労働省で定められていて、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」にて「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」がまとめられています。
事例や判例とともにみていきましょう。
厚労省は、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義しました。以下の3点について、詳しくみていきましょう。
職場のパワー(地位や優位性)に基づいている、ということです。一般的には、指揮命令関係にあり評価が伴うような、上司・先輩から部下・後輩に対して行われるイメージがあるでしょう。
しかし、形式的な肩書だけでなく、反論できない立場や何をされるか分からない事情、業務に関する知識を有していて専門的な業務を行っている社員、古くから勤務している社員など、実質的な優位性はさまざまです。だからこそ、同僚どうしはもちろん、部下から上司へのパワハラが認められることがあります。実際に、契約社員からパートに雇用形態を変更された部下が恨んで、上司に対して横領や不倫をしているなどと誹謗中傷を行った結果、上司が思い詰めて亡くなったという事例があります(小田急レストランシステム事件(渋谷労基署長事件):東京地裁平成21年5月20日判決)。
その業務において適正とされる範囲を超えている、ということです。例えば、個人的な金銭貸借の強要のように、業務とは関係ない個人的な事項を命令することや、注意指導にあたって土下座の強要などが考えられます。
言い換えれば、業務上必要な指示や注意・指導と認められれば、該当しません。実際に、施設利用者獲得のためのチラシ配布・対策立ての指示や、看護師募集についての叱責などの行為について、相当程度の苦痛を受けたことは認められましたが、あくまで業務遂行の目的に出たものであり、指示や指導内容が職務上不当とまではいえないことから、パワハラ行為をしたとは認められないと判断されたという事例があります(社会福祉法人県民厚生会事件:静岡地裁平成26年7月9日判決)。
同じ職場で働く者をターゲットにした行為や、職場環境それ自体への悪影響を与える行為が含まれます。
とはいえ、一口に「精神的・身体的苦痛」といっても、受け止め方は人それぞれです。そこで、裁判所が「平均的な心理的耐性を有する者」を基準として、客観的に判断することを示しています(長崎海上自衛隊自殺事件(護衛艦さわぎり事件):福岡高裁平成20年8月25日判決)
また、特定の人に当てた行為だけでなく、職場環境に有害な行為が含まれることは注意が必要です。例えば、事務所内に不快なポスターを貼ったり、事務所内において職員の大半が大声で品性に欠けた会話を続けたりすることも、パワハラとなる可能性があります。
厚労省は、判例や個別労働関係紛争処理事案に基づいて、以下の6類型を典型例として整理しています。なお、ある行為が実際にパワハラに該当するかどうかは、原因や状況等をも踏まえて判断する必要がありますので、以下の例は参考としてとらえてください。
まずは、殴る、蹴る、突き飛ばす、胸ぐらをつかむ、髪を引っ張る、丸めたポスターで叩くなどです。また、身体に直接力を加えるだけでなく、灰皿を投げつける、火をつけたタバコを近づける、立ちっぱなしで電話営業をさせるなど、仕事の関係を問わず体に危害を加えうる行為が含まれます。
さらに、明らかな暴力でなくとも、状況や態様、精神的苦痛などとの関係によっては該当する可能性があります。実際に、受動喫煙を気にする上司が、たばこ臭い者に対して、その臭いを拡散させるために、冬から春の季節にかけて、大型扇風機を複数固定して直接強風を当て続けたという事例があります(日本ファンド(パワハラ)事件:東京地裁平成22年7月27日判決)。
まずは、「無能」「アホ」「のろま」といった相手をばかにする言葉、「クビ」といった社員の地位を脅かす表現などです。また、同僚たちの前で必要以上に繰り返し執拗に叱責、他の職員を宛先に入れてメールで罵倒、教育訓練という名目で懲罰的に規則の書き写しを長時間行わせるなど、仕事に乗じて人格や尊厳を否定する言動が含まれます。
仮に、業務の指示の中であっても、業務を遂行するのに必要な言葉や態様でなければ、業務の適正な範囲を超えることになります。実際に、元々声が大きくぶっきらぼうな話し方の上司が、業務上は正しいとされる内容の発言をする一方で、「おまえらは給料が多すぎる。」などとフロア全体に響き渡るほどに怒鳴ったり、部下の個性や能力に配慮せず反論を許さない高圧的な叱り方をしたりしたという事例があります(地公災基金愛知県支部長(A市役所職員・うつ病自殺)事件:名古屋高裁平成22年5月21日判決))。
まずは、席を隔離する、強制的に自宅待機を命じる、職場全員が呼ばれる歓送迎会に出席させないなどです。また、尋ねられても教えない、仕事のやり方を巡って上司と口論して以来必要な資料を配布しない、そばにいる者からの連絡が他人を介して行われるなど、業務遂行の観点からも不合理な取扱いが含まれます。
仮に、業務命令に従わないからという理由であっても、正当化されるものではありません。実際に、家庭の事情から配置転換を拒否した従業員に対して、他の従業員と話をしないように机を隔離し、電話の取り次ぎに口を挟んだ挙句電話自体を取り外し、仕事を取り上げ、「トイレ以外はうろうろするな」等の発言をしたという事例があります(ネスレ日本(懲戒解雇)事件:最高裁平成18年10月6日判決)。
まずは、業務上明らかに達成不可能なノルマを課す、終業間際に過大な仕事を毎回押し付けるなどです。また、新人に他の人の仕事まで負わせるなど、能力や経験を超える無理な指示により、他の社員よりも著しく多い業務を課すことが含まれます。
さらに、一人では無理でも人数を増やす等の措置によって対応可能な仕事について、あえてその措置をとらないといった不作為も該当する可能性があります。実際に、他の従業員にはあまり残業がない部署において、業務に一人で従事することになった従業員は、休憩もとれず早朝深夜勤務・土日出勤もある状態が続いたので、上司に人員補充を求めましたが、従事中の約半年間は特段の措置がとられず、他の従業員にも支援させなかったという事例があります(国際信販事件:東京地裁平成14年7月9日判決)。
まずは、事務職採用なのに倉庫業務だけをさせる、営業職採用なのに草むしりだけをさせる、コピーやお茶くみなどの単純作業しか与えないといった、本来の職務や専門性が活かされない内容ばかりを命じるなどです。また、「もう仕事をするな」などと、全く業務を与えず放置することや、業務上明らかに不要な内容を命じることが含まれます。
さらに、会社内の不祥事を内部告発した者に対する報復措置として行われるなどにより事態が悪化する可能性があります。実際に、勤務先の闇カルテルを新聞社へ告発したことを契機に、20数年以上にわたって研修生の送迎などの極めて補助的な雑務しか与えられず、昇格をさせなかったという事例があります(トナミ運輸事件:富山地裁平成17年2月23日判決)。
まずは、個人の宗教・信条について公表し批判する、交際相手について執拗に問う、しつこく結婚を推奨する、妻に対する悪口を言うなどです。また、業務の調整等に関係のない文脈で私生活や休日の予定を聞く、携帯電話やロッカーなどの私物を覗き見るなど、私的なことに立ち入る管理や不適切な言動によって個人のプライバシーを侵害することが含まれます。
さらに、勤務時間以外にまで義務のないことを行わせることも該当する可能性があります。実際に、勤務時間終了後も先輩が、無理に朝まで遊びや飲み会に付き合わせ、肩もみ・自宅の掃除・自家用車の洗車・私用の送迎などの雑用を一方的に命じ、勤務時間外に交際女性と会おうとすると仕事と偽って病院に呼び出したり後輩の携帯電話でその女性にメールを送ったりしたという事例があります(誠昇会北本共済病院事件:さいたま地裁平成16年9月24日判決)。
なお、性に関する個の侵害を行なうと、セクハラにもなる可能性もありますので、ご注意ください。
パワハラと業務上の命令・指導の境目は、指導する側にとっても、指導される側にとっても、難しいものです。 人事院は「パワー・ハラスメント防止ハンドブック」で、パワハラと指導の違いを説明しています。その中から、特に押さえておきたいポイントを、整理してご紹介します。画一的な線引きは困難ですが、これらの違いを十分確認した上で、TPOに応じてパワハラにならない指導を目指しましょう。
パワハラは主に、相手を見下す・排除する・自分の思いどおりにするなどのために行われます。そのときの行為者は一般に、いらいら・怒り・嘲笑・冷徹・不安・嫌悪感などを抱いていて、威圧的・攻撃的・否定的・批判的です。組織や自分の都合や気持ちを優先することで、相手が萎縮したり、職場の空気が悪くなったりして、退職者の増加にもつながってしまいます。
他方、指導は主に、相手の成長・発展を促すなどのために行われます。そのときの行為者は一般に、好意・穏やかさ・整った心持ちを抱いていて、肯定的・受容的・自然体で見守っています。時に厳しさを伴うとしても、組織や相手の都合や気持ちに配慮することで、相手は責任を持った言動を行えるようになり、職場の活気も維持・増幅します。
とはいえ、指導する側にとって、その経過や成果が見通しどおりでない場合などは、当初問題なかったはずの目的や感情が変化していくことも多いです。だからこそ、指導前から指導中、指導後までの各過程において、目的や結果を意識し続け、自らの態度や感情を確認し続け、相手の利益となるような言動を常に心がけたいものです。
パワハラは、定義でご紹介したとおり、まずは「業務上の必要性」がないときに、個人の生活や人格を否定することなどを行うことで、問題となるものです。しかしながら、「業務上の必要性」がある時であっても、抽象的・画一的などの不適切な内容や、過度な量の指導を行えば、同様に問題となります。
言い換えれば、指導は、「業務上の必要性」があることを前提として、それに見合った適切な内容や量の行為を行うことです。仕事内容に直接かかわるものに限らず、広い意味で健全な職場を維持するために必要なことも含まれます。
とはいえ、指導される側にとっては、力不足ゆえに業務上の必要性自体を十分に理解できておらず、それが原因で指導の内容や量を負担と感じることも多いです。だからこそ、指導する際には、予め業務の必要性を相手に示して理解を得た上で、具体的な中身に入ることが理想的です。指導の内容や量についても、相手の過度の負担となっていないかなどを、折に触れ確認しながら、適宜調整を重ねるのが良いでしょう。
パワハラは、一回のみの行為ではなく、継続的な行為、つまり、繰り返し・しつこい・執拗・長期間であることが多いと考えられています。また、相手の状況や立場を考慮しない不適切なタイミングで行われることが多いです。
この点、指導では、不適切な行為であれば繰り返さず、また、できる限りタイムリーに、または相手が受け入れる準備の整っているときが望ましいとされています。
とはいえ、指導というものは、地道に繰り返し継続することによって定着し、効果を生むことも多いです。ベストのタイミングに一度で済まそう、などと意識し過ぎては、今度は必要のある指導まで行い難くなり、指導不足・任務懈怠といった別の問題が生じてしまいます。だからこそ、必要性という視点からバランスを保つことを忘れないでください。
速やかな謝罪や、適切なフォローをすることもまた、適切な指導の一部
指導する側もされる側も人間ですので、例えば、災害現場のように生命・身体の危険が伴う場面などでたまたまのミスが生じた際に、とっさにみんなの前で怒鳴ってしまうようなこともゼロではありません。緊急事態で⑴から⑶を考慮する余裕が全くなく、相手を本当に心配し周囲の安全も高めるために出たものであれば、パワハラとまではならないでしょう。それでも、相手にとって負担や不名誉となる場合には、パワハラ云々とは無関係に、相手と組織のため、そして自分自身のためにも、後から速やかな謝罪や適切なフォローが行うことも大事です。これらの取り組み自体が、パワハラを防止し、また放置しないという会社の姿勢を示すことにもつながります。ひいては、会社の努力にもかかわらず残念ながらパワハラが生じたときにも、会社としてなすべきことを怠っていないことを主張する一つの手段ともなりえるでしょう。
まずは、会社が率先して、指導の手引き・手本となるようなマニュアルなどの書類を作り、従業員に浸透させることです。できれば、パワハラをはじめとしたハラスメント防止といった消極的視点のみならず、より良い指導を行うにはといった積極的視点をも盛り込むことが、会社の前向きな空気を醸成する手助けともなります。
また、指導書を使いながら、指導方法の研修の機会を定期的に設けましょう。企業法務専門の弁護士や外部企業に依頼して実施するのも効果的です。その際には、パワハラの事例・判例の知識を共有したり、実際にロールプレイを行ったりすることが有効です。
中小企業などでは、人数や費用の面から、窓口として設けることは難しいかもしれません。それでも、上司や経営者が率先して相談に乗ることはできます。また、被害者がどこに相談したら良いか分からないことのないように、他の役職と兼ねてでも、やはり人事・ハラスメント担当を置きたいものです。
なお、人事の部署や専門の相談窓口を常置して対策を謳っている大手企業でも、いざパワハラが起きた際には、たらい回しの様相を呈することがあります。人事・ハラスメントの最終的な責任者を決めて明示しておくことが必要です。
このほか、社内では相談しづらいケースのために、企業法務専門の弁護士や外部企業の提供する、内部通報サービスを利用するといった方法もあります。
以上の対策を実効的なものにするには、まず会社全体の意識を向上させることが重要です。また、これまで見てきたように、パワハラかどうかは業務内容や状況などにもよるので、もし被害を主張された場合にも、会社として安全配慮義務・職場環境配慮義務などなすべきことをしていると反論できる態勢を整えておくことが、リスク管理につながります。
とはいえ、既にパワハラの疑いが強い部署や現場に対してであっても、業務時間の全てをパワハラの文脈から監視し続けることや、徹底した抜き打ち検査などを行うことは、現実的には難しい側面もあります。
そこで、業務メモやメールなどをしっかりと保存した上で、定期的に確認することが重要です。特に、パワハラについてのヒアリングを行う際などは、ICレコーダーなどで録音しておくと、やりとりが適切に行われているかどうかを確認する意味でも、また、後に外部への相談や訴訟となったときにも、証拠として役立ちます。録音データのままでは、耳で聞きながら日常業務を確認したり、問題となる部分を探したりと、時間も労力もかかり大変です。専門の会社の「文字起こしサービス」などを利用して文書の形で保管すれば、業務確認や検索も容易になるでしょう。
公開日:2018.10.11
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