オーラルヒストリーとは、特定の人物の経験や記憶を対話(インタビュー)を通じて記録し、後世に残す手法です。
公文書には残りにくい、個人の判断基準や現場の空気感、暗黙知といった情報を、本人の語りによって記録・保存します。音声をただ残すだけでなく、語りを文脈ごと記録し、将来の活用を前提に整えることで、後から検証・引用・再利用できる一次資料として整える点に特徴があります。
オーラルヒストリーの目的
オーラルヒストリーを実施する目的としては、主に次の3つが考えられます。
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暗黙知の言語化
熟練技術者や経営者の「判断の基準」「現場のコツ」といった、マニュアルには書かれない知見を後世に伝えます。
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歴史の多面的な保存
出来事の事実関係だけでなく、「当時の人々がどう感じ、なぜその判断をしたのか」といった背景を証言として残し、歴史を立体的に保存します。
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データ資産化(DX)
音声という「非構造化データ」を正確にテキスト化し、さらに特定の要素を抽出・整理して「構造化データ」へ変換することで、研究・教育・AI活用などで再利用できるデジタル資産を生み出します。
オーラルヒストリーが活用されている分野
オーラルヒストリーは、歴史学や社会学だけでなく、民俗学、政治学、医療など、さまざまな分野で価値ある一次資料として活用されています 。
- 大学・研究機関(歴史学・民俗学・社会学など): 「フィールドワーク」の成果として、地域研究や産業史研究に活用されます。震災や公害の体験、感染症や精神疾患への対策、伝統工芸の技術、消えゆく街並みの記憶など、多岐にわたるテーマが対象となります。
- 官公庁・自治体(行政・政治): 「地域アーカイブ」の一環として、災害の記録や伝統文化を保存します。また、政策決定に関わった政治家や官僚による回顧的証言は、行政史を読み解く重要な資料となります。
- 企業(社史・広報・産業) : 創業者の経営哲学や製品開発の裏側、組織の変遷など、公式資料には残りにくい「現場の判断と経験」を記録し、ナレッジ承継に活用します。
- 社会・平和学習(戦争・事件): 戦争体験や社会事件に関わった当事者の証言を、後世に伝えるための記録としてまとめます。
一般的なオーラルヒストリーのフロー
オーラルヒストリーは、以下のような流れで進めるのが一般的です。
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企画・対象選定
誰に、何の目的で話を聞くかを明確にします。
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インタビュー・録音・録画
適切な録音環境を整えたうえで、インタビューを実施します。「なぜそうしたのですか?」「その時どう思いましたか?」など効果的な問いかけを行い、沈黙やジェスチャーといった非言語情報も注意深く観察・記録します。
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文字起こし
録音された音声をテキストデータとして正確に書き起こします。用途に応じて、発話をそのまま記録する逐語起こしや、読みやすさを重視した整文を選択します。
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データ構造化(オプション)
テキストから「発言者・日時・トピック・固有名詞」などの要素を抽出し、JSONやExcel形式などの「構造化データ」に整えます。これにより、AI(RAG)での高度な検索や分析が可能になります。
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校閲・アーカイブ化
話者本人による内容確認を経て、タイムスタンプやタグ情報を加えて保存します。
特に「録音」と「文字起こし」の品質は、その後の活用の幅を大きく左右します。
実際に取り組む際の注意点
オーラルヒストリーでは、将来的な活用や構造化を見据えた正確なテキストデータの作成が重視されます。そのため、多くの組織や研究機関では、文字起こしや記録整理を専門業者に委託しています。
専門業者による対応例として、次のような点が挙げられます。
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方言や専門用語、社内隠語の正確な変換
多くのオーラルヒストリーでは固有名詞(人名・地名・組織名)が頻出します。AIは一般的な言葉には対応できても、業界用語や地域の言い回しには弱い面があります。
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文脈を左右するメタデータの付与
「……(沈黙)」「(笑いながら)」といった非言語情報は、発言の意図や感情を読み取る上で欠かせませんが、AIでは判断が困難です。
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AIが学習しやすい「クリーンなデータ」の作成
将来的に構造化データとして活用するためには、誤変換や余分なノイズを排除した、精度の高い一次テキスト(クリーンデータ)が求められます。
これらが実現されて初めて、オーラルヒストリーは価値ある「資産」となります。
オーラルヒストリーを「資産」にするために
オーラルヒストリーは語り手が高齢であったり要職者であることが多く、さらにその人物しか語れない個人的な記憶について語られることが多いため、やり直しのきかない一度きりの機会である場合が少なくありません。
- 録音の失敗は取り返しがつかない
- 不適切な質問設計では、本質的な語りを引き出せない
- 構造化や活用を想定しない形式で記録すると、証言が十分に活かされない
こうした失敗を避け、確実に「使える資産」として残すためには、計画段階から専門的な知識と経験が求められます。
実際にオーラルヒストリーに取り組む予定がある方、どこまでを自分たちで行い、どの工程を外注するか検討されたい方は、以下のページもあわせてご覧ください。
オーラルヒストリーについて、企画から記録・活用まで幅広くサポートします