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そもそも「秘密録音(無断録音)」とは、会話の当事者の一方が、他方の当事者に無断で、会話等の音声を録音することです。
秘密録音は、機密情報やプライバシーなどの点で不安も多い行為ではありますが、民事訴訟では、原則として証拠能力が認められています。なお、ここで証拠能力とは、その裁判において証拠として用いて構わない資格のことをいいます。
とはいえ、さすがに、人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害するような秘密録音はNG。そして、この証拠能力があるかどうかの判断には、行為の違法性や証拠価値など、さまざまな事情が総合的に考慮されます。
また、秘密録音をしていることが図らずも明らかになってしまった場合には、相手方との関係性が悪化したり、録音を続けること自体が難しくなったりなど、事実上のいろいろな危険性が伴います。加えて、録音したものの流出や悪用に対しては、別途責任を問われる可能性があります。
このように、秘密録音を行う場合は、証拠能力の判断基準やメリット・デメリットをよく理解した上で、録音前から録音後に渡るまでの慎重な取り扱いが重要となります。
※当コンテンツは、秘密録音を積極的に推奨するものではありません。
近年の秘密録音は、例えば会社のハラスメントや労働問題などの場面で、被害を主張する社員によるだけでなく、会社による対策の一環としても行われています。確かに、当事者間で音声を確認し、「言った・言わない」や「やった・やらない」の水掛け論を防ぐにはよいかもしれません。
ただ、実際に秘密録音を行ったとしても、その『秘密』や『無断』といったダークな響きからは、果たして裁判という場で事実認定の資料として用いるための証拠の形式的な資格が認められるかどうか、つまり証拠能力があるかどうか、疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
この点、刑事訴訟は別として、日々の紛争の多くを扱う民事訴訟においては、証拠能力に制限はなく、秘密録音を含め原則として証拠能力ありとされています。では、逆に、例外的に証拠能力がないとされるのはどのような場合なのかを、裁判例をもとにみていきます。
まず、東京高裁昭和52年7月15日判決という有名な事例があります。
この事案は、相手方である会社の人事課長を銀座の料亭に招いて接待しながら、自分にとって有利な供述を得るよう誘導的な質問を行い、その会話の音声を、襖を隔てた隣の部屋で録音したというものです。
判決では、「著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集」された場合は、違法と評価され、証拠能力なしとしています。著しく反社会的な手段とは、例えば、脅迫や暴力、不法侵入などの犯罪的な行為によって録音し発言を得るといったイメージです。
そして、本件では、酒の席での発言を、単に発言者が知らない間に録音したにとどまり、「人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害」したとはいえないとして、証拠能力ありとしました。
次に、東京高裁平成28年5月19日判決という比較的最近の事例をみてみましょう。
この事案は、大学職員である上司から部下へのパワハラやセクハラについて、学内のハラスメント防止委員会での審議の音声を、匿名の第三者が録音して学内便で送付したというものです。
判決では、「諸般の事情を総合考慮し、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反する」といえる場合は、例外的に証拠能力なしとしています。信義則とは、「信義誠実の原則」の略であり、民事訴訟の手続上求められる程度の信頼を裏切るような訴訟行為をしてはいけないといった意味合いです。
そして、本件では、審議の非公開・委員の守秘義務・録音の禁止といった委員会の運用に沿わず録音をしたことは違法性が高いとし、また、録音内容に証拠価値(証拠が裁判官の心証に影響を与える度合い。証明力)が乏しいことなどから、証拠能力なしとしました。なお、本件は匿名の第三者が録音したということで、会話当事者に無断で第三者が行う録音、いわゆる「盗聴」といえますが、本件においては、会話当事者の一方が録音に関与していてもいなくても、つまり秘密録音のような実質であったとしても、結論は変わらないとされています。
このように、録音した内容が裁判において証拠として用いる資格があるか(証拠能力)という点では、犯罪的なものや違法性の高いものでなければ、あまり問題ないとも考えられます。
もっとも、秘密に録音をしてしまう行為それ自体に問題があるかは別の話になります。つまり、秘密録音の相手方から、秘密録音により人格権を侵害されたとして慰謝料請求をされる余地があります。また、勤務先での秘密録音行為が就業規則に抵触する可能性もあります。録音禁止の講演会において秘密録音をしていることが露見したら、会場から追い出されることもあるでしょう。さらには、たとえば他人の家に無許可で立ち入り盗聴器をしかけて秘密録音をした場合、そもそも住居侵入罪という犯罪になってしまいます。このように、録音内容が証拠として用いることができる場合でも、その内容を録音した行為に基づき、民事上・刑事上の責任を負うことがあるのです(ちなみに、最後の住居侵入罪が成立しうるケースでは、証拠能力も否定されると思いますが・・。)。
このように、秘密録音は、以上の点についてよく理解した上で、慎重に取り扱うことが重要です。
紛争トラブルを背景として行われた秘密録音は、やはり客観的に事実確認しやすい形で残すことが肝要です。
まず、発言者や発言内容がしっかりと判別できる程度の音質が求められます。しかしながら、『秘密』録音という性質上、音質の点まで考慮して万全の体勢で録音に臨むことは容易ではありません。また、裁判の証拠として提出する場合は、一般的なファイル形式に限定される場合もあります。そこで、録音機器や設置場所、録音形式等について、事前の入念なチェックが必要となります。
また、特に会社等における長時間の会話や長期的なやりとりを録音すると、データ量が膨大になり、音声のままでは保管も確認も大変になります。そうはいっても、録音内容は文脈の流れもポイントなので、自分の判断で部分的に編集して保管するのはリスクが伴います。そこで、音声全体を文字化して、文書の形で補完しておくと、後で確認しやすく、裁判の証拠としても提出しやすくなります。併せて、メモやメールなどのように録音以外の形の証拠を揃えておくと、録音を補強しうるものとなります。
公開日:2019.7.29